ニュースの概要
NTTとOptQCが、光を使う量子コンピュータの実用化に向けて資本業務提携を結びました。両社は2030年度までに、誤り耐性を備えた100万量子ビット級のシステムを目指します。今回の特徴は、研究開発への出資にとどまらず、装置の事業化、利用企業とのユースケース開発、部品や製造設備を含む供給網の整備、社会実装までを一続きの計画としている点です。量子計算機を研究室の試作機から産業基盤へ移すには、計算性能だけでなく、安定運用、調達、保守、利用料金まで同時に整える必要があります。今回の提携は、日本企業がその難題に正面から取り組む動きといえます。
引用元: NTTとOptQC、光量子コンピュータの100万量子ビット級実用化に向け資本業務提携(docomo topics)
分析・見解
「100万量子ビット」の定義次第で意味が大きく変わる
今回の提携で最も重要なのは、量子ビットの数そのものよりも、光を使う量子計算方式(光量子方式)を実用化するための役割分担がはっきりしたことです。量子計算では、外部からのノイズによる誤りを完全になくすことはできません。そのため、実際の計算に使える「論理量子ビット」を一つ作るには、たくさんの物理的な量子ビットと、誤りを見つける仕組み(誤り訂正符号)、そして測定結果に応じて処理を切り替える制御の仕組みが必要です。「100万量子ビット級」という数字が、素の物理量子ビットの数を指すのか、誤り訂正を終えた論理量子ビットの数を指すのかで、意味は大きく変わります。今後は、この定義と、それをどう達成するかの情報公開が評価の軸になるでしょう。
光方式は通信網との相性が良い一方、光子の損失克服が課題
光を使う方式の強みは、光ファイバーや通信機器との相性の良さにあります。光の粒(光子)は常温に近い環境でも扱える可能性があり、長い距離を伝送したり、大規模に接続したりする点でも有利です。NTTが持つ通信網や光デバイス、ネットワーク運用のノウハウは、一台の計算機を作るだけでなく、複数の計算資源をつなぐ構想と相性が良いといえます。一方で、光子は途中で失われやすく、発生させ、検出し、タイミングを合わせ、経路を切り替えるという一連の動作を高い精度でそろえなければなりません。誤りに強い仕組みを実現するには、損失の少ない光回路、性能の高い光検出器、効率の良い光源、リアルタイムで制御する電子回路を一つのシステムとしてまとめて最適化する必要があります。
量子計算機の競争は「見えにくい供給網」の勝負になる
ここに、OptQCの技術力とNTTの事業化する力を組み合わせる意義があります。量子計算機の競争は、優れた原理を発表した企業がそのまま勝つ市場ではありません。半導体に例えるなら、回路の設計だけでなく、製造装置や材料、検査、実装、量産時の歩留まりまでが性能を左右します。光量子方式でも同じで、光源や検出器を安定して調達できるか、部品を標準化できるか、故障時にすぐ交換できるか、利用者が計算結果を検証できるソフトウエアがあるかといった点が競争力を決めます。研究開発と供給網づくりを同時に始める今回の枠組みは、こうした「見えにくいつまずきの種」を早めに押さえておく試みです。
競合方式との違いと、NTTが担いうる「量子計算の電力網」役
競合する方式と比べても、光方式の立ち位置ははっきりしています。超伝導方式は動作が速く、開発の実績も先行しています。イオントラップ方式は操作の精度の高さに強みがあります。光方式は、通信技術の蓄積を生かした拡張のしやすさで差別化できる一方、光子の損失と大規模な誤り訂正が課題です。したがって、一台の性能だけを比べるのではなく、一定時間にどれだけ有効な計算を実行できるか、計算資源をどれだけ長く動かし続けられるかで比べるべきです。量子ビット数の看板競争から、誤りの起きる割合、稼働率、待ち時間、利用料金を含めた「実際に使える性能」の競争へと移っていくでしょう。
あえて独自の見方を挙げるなら、光量子コンピュータの成否は、計算機メーカーとしての実力だけでなく、通信事業者としてのNTTが「量子計算の電力網」のような役割を担えるかどうかで決まる可能性があります。企業が遠くから量子の計算資源を呼び出し、従来型のコンピュータやデータセンターと組み合わせて使うのであれば、重要なのは装置がどこにあるかではなく、つながる品質、本人確認の仕組み、課金の仕組み、結果を再現できるかどうかです。2030年度という期限は、研究成果を完成させる期限ではなく、利用者がお金を払ってでも使いたいと思う運用サービスを成り立たせる期限として捉えるべきです。今後は、試作機の性能発表だけでなく、実証利用の件数、連続して動かせた時間、誤り訂正を終えた計算能力、利用した企業が得られた費用対効果に注目が集まります。
ビジネスへの影響
「完成してから検討する」姿勢からの転換が必要
企業にとって、今回の提携は「量子計算機が完成してから検討すればよい」という姿勢を見直すきっかけになります。実用化までには、装置を導入するだけでなく、自社のデータを量子計算に合う形式へ変換する仕組みや、従来型のコンピュータとの役割分担、計算結果を業務の判断に戻すための手順が必要です。例えば物流企業であれば、配送順序の最適化をいきなり全社の業務に組み込むのではなく、特定の地域の車両と制約条件に対象を絞り、従来の方法より計算時間や燃料費が改善するかを確かめるべきです。金融機関であれば、資産の組み合わせを最適化する計算やリスク計算で、計算の精度だけでなく、なぜその結果になったかを説明できるか、監査の記録を残せるかまで検証する必要があります。
意思決定者が今すぐ着手すべき3つのこと
意思決定者が今始めるべきことは三つあります。第一に、量子計算で改善したい業務を、計算にかかる時間、コスト、制約条件の多さといった数値で棚卸しすることです。第二に、特定のハードウエアに頼らないアルゴリズムや開発環境を使って小規模な検証を行い、方式が変わっても対応できる人材を育てることです。第三に、量子ソフトウエアを扱う企業や大学、部品メーカーとの連携を早めに確保することです。とくに製造業では、単なる利用者にとどまらず、光源、検出器、制御機器、冷却や実装に関わる供給網に加わる余地があります。
2030年度目標を投資回収の前提にせず、段階的に評価する
ただし、2030年度という目標を、そのまま投資回収の前提にしてはいけません。契約の際には、量子ビット数の定義、実際に使える計算性能、稼働率、データの保護、利用料金、障害が起きたときの責任分担を確認し、段階的に予算を分けて検証するのが現実的です。短期では人材育成と課題選び、中期では従来型コンピュータとの共同実証、長期では量子クラウドの継続利用というように三段階で評価すれば、過剰な期待と機会損失の両方を防げます。量子計算への備えとは、機械を買うことではなく、将来の計算資源を自社の業務につなげられる組織の力を、先に作っておくことです。